2026年1月の首都圏ラジオを振り返る
1月も今日でおしまいということで、恒例の首都圏ラジオを振り返ります。
1月は何といっても久米宏の死去である。
13日に公表され、元日に亡くなったとのこと。
テレビの印象が強いが、そもそも1970年に始まった永六輔の土曜ワイドTokyoでのレポーターがブレイクのきっかけであり、ニュースステーションを始まるための休養までの約15年、リポーターからのちにメインパーソナリティとして土曜ワイドラジオTOKYOまで務めた。
ニュースステーション終了後は、休養後半年後にニッポン放送の特番の登場したのがラジオ界の事実上の復帰。
その2年後の2006年10月から久米宏ラジオなんですけどが開始、この時文化放送ではみのもんたが既に長期にわたる番組が続いており、ニッポン放送では小倉智昭の番組が新たに始まり、注目を浴びた。この2006年にギャラクシー賞DJパーソナリティ賞を受賞している。
小倉智昭が死去してからみの、久米の順番で亡くなっているが、小倉と久米の間で1年ちょっと、しかも土曜午後の番組終了順に亡くなっている。
ラジオから始まり2021年にネットでの活動停止までが活動期間であるが、事実上ラジオに始まりラジオに終わるキャリアであった。
TBSラジオでは森本毅郎だけでなく、南部広美も12月から休養中でTBSラジオ2つしかない報道番組で両社とも病欠が出ているとは…
いきなり選挙になったので混乱が起きたことも出て、ニッポン放送は泉房穂の番組が2週休止し、代わりに鶴光が木曜日も担当することとなった。
1月は何といっても久米宏の死去である。
13日に公表され、元日に亡くなったとのこと。
テレビの印象が強いが、そもそも1970年に始まった永六輔の土曜ワイドTokyoでのレポーターがブレイクのきっかけであり、ニュースステーションを始まるための休養までの約15年、リポーターからのちにメインパーソナリティとして土曜ワイドラジオTOKYOまで務めた。
ニュースステーション終了後は、休養後半年後にニッポン放送の特番の登場したのがラジオ界の事実上の復帰。
その2年後の2006年10月から久米宏ラジオなんですけどが開始、この時文化放送ではみのもんたが既に長期にわたる番組が続いており、ニッポン放送では小倉智昭の番組が新たに始まり、注目を浴びた。この2006年にギャラクシー賞DJパーソナリティ賞を受賞している。
小倉智昭が死去してからみの、久米の順番で亡くなっているが、小倉と久米の間で1年ちょっと、しかも土曜午後の番組終了順に亡くなっている。
ラジオから始まり2021年にネットでの活動停止までが活動期間であるが、事実上ラジオに始まりラジオに終わるキャリアであった。
TBSラジオでは森本毅郎だけでなく、南部広美も12月から休養中でTBSラジオ2つしかない報道番組で両社とも病欠が出ているとは…
いきなり選挙になったので混乱が起きたことも出て、ニッポン放送は泉房穂の番組が2週休止し、代わりに鶴光が木曜日も担当することとなった。
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